~お寺の梵鐘が取り持つ縁で始まった国際交流~
広島県三次市甲奴町

正願寺の梵鐘について

1.この梵鐘は、1820年(文政3年)に現在の広島県三次市甲奴町小童(当時の備後州世羅郡小童村)に所在する禅宗(曹洞宗)の古刹(約350年の歴史を有する)円通山正願寺13世孝隣和尚によって鋳造された。
(高さ=1.50m 口径=0.64m 重さ=250kg)
 当時は除夜、朝夕、農繁期の昼の時報に、時には火災の早鐘として1世紀余りに亘って村民に親しまれた。
 第二次世界大戦中の1942年(昭和17年)に砲弾の資材として、呉海軍工廠に供出されたが兵器とならず終戦を迎えた。戦後、数奇の運命をたどり日本から英国へ渡る。

2.直近の持ち主は、フロリダ州イースト・オレンジパーク(ジャクソンビルの近く)に住む英国人テーラー夫妻であった。
 テーラー氏は、この梵鐘を、1958年に英国の父親(James Tayler)の遺品整理中に発見した。このジェームス・テーラー氏は英国を一度も離れたことがなく、テーラー氏はどのようにして父親がこの梵鐘を入手したか知らない。なお、テーラー氏は1982年に米国に来たが、近く(1985年)英国に帰国する予定であり、梵鐘を譲渡することとした。

3.在アトランタの日本人コミュニティは、1985年(昭和60年)7月24日カーター・プレジデンシャル・ライブラリー.カーターセンターの建設を祝い、日本庭園の起工式のこの機会に、カーター前大統領に日本の梵鐘を寄贈した。
 この梵鐘の寄贈は、カーター前大統領のたゆみない世界平和追求の努力に対する我々日本人の深い尊厳と我々自身の強い平和への希求を表したものである。

4.日本人コミュニティとしては、この歴史的文化財(鋳造の年1820年は、ペリーの浦賀来航1853年の33年前になる)を、最も相応しいところへ寄贈することができ、日米親善に寄与できたことを大変喜んでいる。

5.梵鐘の表面に刻まれた「備後州世羅郡小童村円通山正願寺」の文字から、1987年9月26日、日本ジョージア協会の名誉会長秋山肇参議院議員及び同協会幹事奥典之元アトランタ総領事館領事は、広島県甲奴町の清河寺を訪問し、住職寺司知雄氏及び檀家代表等同寺の関係者と面談、梵鐘の入手からカーター前大統領への寄贈までの経緯を報告するとともに関係者の気持・意向を聴取した。

6.1987年10月、秋山肇参議院議員、奥元領事は米国アトランタ市を訪問、「両国親善の一助」として梵鐘をカーターセンターで大切に保存されたい旨の正願寺の意向を踏まえて、カーターセンターの責任者.日本人商工会.ジョージア日米協会の幹部及び日本国総領事館と梵鐘の取扱いについて協議した。
《1987年10月現在カーター・プレジデンシャル・ライブラリー.カーターセンターは完成し、日本庭園も一般公開されているが、この梵鐘は、未だ具体的な展示計画がないまま在留邦人の手で保管されていた。》
 この結果、これらの関係者は、日本ジョージア協会とともにカーターセンターに協力し、次の点の実現に向け相互に協力していくことで合意した。
① 同センターに、この貴重な梵鐘に相応しい立派な鐘楼を建て、梵鐘を世界の平和と日米友好のかけ橋として、全世界からのカーターセンターへの訪問者が見れる状態に保存する。
②広島県甲奴町の正願寺には、カーター前大統領の誠意と梵鐘を大切にする旨の直筆の正願寺宛手紙を碑文にし設置する。
③これを契機に日米の関係者相互及び広島とアトランタの人々の交流が深まることを期待する。

7.1989年(平成元年)3月、カータープレジデンシャル・ライブラリー、カーターセンターの玄関に「平和のシンボル・広島の鐘」として説明書を添えて展示されている。米国民のみならず全世界からここを訪れる人々の注目を集めている。


1989.11.8~9(平成元年) ・正願寺の梵鐘の件で甲奴町を訪問4名(秋山肇参議院議員、奥典之元アトランタ総領事館領事、田村玲子政治ジャーナリスト、リチャード・マシューズアトランタジャーナル紙論説委員)

〃 11. ・甲奴町長からカーター元大統領宛に手紙を送る

「甲奴町の長い歴史を有する正願寺の梵鐘が、カーター・プレジデンシャル・ライブラリー.カーターセンターの玄関に、日米友好の証として展示されていることを聞いて大変な感銘を受けている。この梵鐘を通じてアメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター氏及びカーターセンターとの間の結びつきが出来たことを誇りとし、このことを契機に、将来に向けて町民の協力を基盤にこの関係を更に発展させたいという内容
① 記念碑(日米友好と世界平和の碑)を町の中心部と正願寺に設置したいので、直筆のメッセージを2通頂きたい
② 訪日の際には、是非甲奴町を訪問して欲しい旨」

〃 12.11 ・ジミー・カーター元大統領から町長宛に手紙が来る

「梵鐘は平和を象徴する貴重なものとして、アメリカと日本との友情を示すものである。また、記念碑のためのメッセージを頂きたいと聞き光栄に思っておる。
訪日の際に、甲奴町と正願寺を訪れられることを楽しみにしている」

1990.10.21(平成2年) ・アメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター氏甲奴町を訪問
(前日京都市で開催された、世界宗教者平和会議に本大会に講演のため訪日)
・カーター元大統領の直筆のメッセージ記念碑(甲奴町・正願寺)の除幕式
・「友愛の鐘」として世界平和と相互交流を期待

1991.1.5~12(平成3年) ・ジョージア州へ答礼訪問(若木町長、原田教育長、中山企画課長、秋山参議院議員、江崎秘書、デューラム通訳)
★アトランタ市
 ・カーターセンター
  (カーター元大統領、ブラッシャー特別補佐官)
 ・在アトランタ日本国総領事館(林総領事、佐藤領事)
 ・ジョージア日米協会(ドン・サンズ会長、メアリー・アール事務局長)
 ・日本人商工会(岩堀会長、内海.田中副会長、香川陽子事務長)
★アメリカス市 「日本人商工会の香川事務長(アメリカス市の大学講師として2年間在住)から紹介」
 ・サムター郡商工会議所(トム・ゲイリー市長、ラス・チルダー教育委員長、イボンヌ・ディレット商工会議所副会頭)
 ・町内小中学校児童生徒の作品、写真、手紙等を持参して手渡し、学校・児童生徒間の相互交流について合意
 ※このことがアメリカス市と国際交流の契機となる
 ・サウスウェスタン大学(学長、李アジア研究所長)

〃 1.28 ・甲奴町国際交流推進会議発足
 目的「町内の学校、児童生徒の国際交流の推進をし、異文化体験・学習させ、国際社会に相応しい人材の育成を図る」

〃 3.31 ・ジョージア日米協会事務局長(メアリー・アール)、日本人商工会事務長(香川陽子)2名来町

〃 4.1 ・ダグラス・デューラム氏を甲奴町国際交流アドバイザーに委嘱

〃 4.30 ・アメリカス市の小学校(チェロキー、サラカブ)、中学校(ステイレイ)児童生徒の手紙、絵画、写真の交流始まる

1991.7.18~19(平成3年) ・アメリカス市長(トム・ゲイリー)、教育長(ラス・チルダー)、商工会議所副会頭(イボンヌ・デュレット)3名来町

〃 8.22~28 ・アメリカス市第1次交流訪問団派遣(団長、高光助役)
ホームステイで生徒にアメリカでの生活を体験させ、外国の異文化、歴史に学び、併せてわが国の文化、歴史を考えさせる
 生徒6名(男4名・女2名)、教員6名、行政3名の一行15名

◎ 甲奴町人づくり振興基金(平成2年3月16日設置)で経費負担
 1.基金の額 ふるさと創生事業1億円 運用益金を活用
 2.目的及び事業
  ① 豊かな人間形成を推進するための人づくり事業
  ② 国際化、情報化時代に対応する人づくり事業
  ③ 住みよい町づくりを推進するための人づくり事業
  ④ 産業の育成、助長のための人づくり事業

〃 10.1 ・甲奴町駅前商店街を「駅前通り」から「カーター通り」と改称

1992.3.18(平成4年) 甲奴町国際交流推進懇談会発足

〃 3.26~30 ・「カーター元大統領の故郷を訪れる会」訪問団(団長、藤原佐千夫)
・町内有志(10歳~78歳)一行23名(引率、中山企画課長)
・表敬訪問 ○カーターセンター(カーター元大統領)
 ○日本国総領事館(太宰領事)
 ○日米協会(ビルダ・ロックハート専務)
 ○日本人商工会(香川陽子事務長)

〃 3.31 ・カーター記念球場完成(甲奴町)
(両翼91m、センター120m)

〃 8.23~30 ・アメリカス市第2次交流訪問団派遣(団長、田邊中学校長)
・生徒16名(男8名・女8名)、教員5名の一行21名

1992.9.16~21 ・アメリカス市の教育関係者3名(教育長、小学校長、教諭)来町
・交流親善と教育事情の視察(今後の交流についての基盤づくり)

1993.4.6~8.3(平成5年) ・アメリカス市の小中学校の教諭4名来町
 (日本の教育事情と生活文化の体験)
 ○4.6~4.11 ゲイル・デイビス(ステイレイ中学校)
 ○5.4~5.31 キャシー・カークランド(チェロキー小学校)
 ○6.15~7.12 ダイアン・ワトキンス(ステイレイ中学校)
 ○7.6~8.3 ジーナ・マチューズ(サラカブ小学校)

〃 5.25~31 ・アメリカス市の中学、高校生徒14名(男6名・女8名)、小中学校の教諭7名の一行21名の第1次訪問団来町
・相互交流が実現し、これを機に、甲奴町とアメリカス市間での交流がより一層充実発展することを期待
・ホームステイで町民運動会にも参加し町民とのコミュニケーションを図る

〃 6.5~7 ・アトランタ市カーターセンター博物館・図書館長(ドナルド・シュウエイ)来町

〃 8.24~30 アメリカス市第三次交流訪問団派遣(団長、上落助役)
・生徒18名(男10名・女8名)、教員3名、行政2名の一行23名

〃 11.7~12 ・甲奴町のカーター・シビックセンター展示室の資料収集のため、アトランタ市のカーターセンターを訪問、行政職員3名(藤田課長、久保山課長、吉本主事)

1994.7.3(平成6年) ・甲奴町のジミー・カーターシビックセンター落成式
(面積 2866m2)
・総事業費 1,651,728千円(造成費を含む)

〃 7.7 ・アメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター夫妻来町
(ジミー・カーターシビックセンター落成行事に出席)
ジョージア州アメリカス市との交流状況

1994年 8月 甲奴町第4次交流訪問団23名(生徒31名、指導者5名)訪問
同   年10月 アメリカス市教育関係者(教育長、小学校長、学校教育副委員長)来町
同   年11月 甲奴町文化教育交流訪問団30名訪問
1995年 8月 甲奴町第5次交流訪問団41名(生徒37名、指導者5名)訪問
1996年 8月 甲奴町第6次交流訪問団33名(生徒28名、指導者5名)訪問
1997年 8月 甲奴町第7次交流訪問団44名(生徒36名、指導者8名)訪問
1998年 8月 甲奴町第8次交流訪問団43名(生徒38名、指導者5名)訪問
同   年 9月 アメリカス市教育関係者(市長、教育長他)9名来町
1999年 6月 アメリカス市訪問団8名来町
同   年 8月 甲奴町第9次交流訪問団35名(生徒30名、指導者5名)訪問
2000年 4月 アメリカス市訪問団12名(生徒4名、引率者8名)来町
同   年 8月 甲奴町第10次交流訪問団39名(生徒34名、指導者5名)訪問
2001年 4月 アメリカス市訪問団11名(生徒5名、引率者6名)来町
同   年 8月 甲奴町第11次交流訪問団34名(生徒26名、指導者8名)訪問
2002年 8月 甲奴町第12次交流訪問団44名(生徒38名、指導者6名)訪問
2003年 8月 甲奴町第13次交流訪問団37名(生徒27名、指導者10名)訪問
2004年 4月 甲奴町、三次市と合併 
           NPO法人こうぬジミー・カーターシビックセンター国際交流協会発足
2004年 8月 第14次アメリカス市訪問団48名(生徒38名、指導者10名)訪問
2005年 8月 第15次アメリカス市訪問団39名(生徒32名、指導者7名)訪問
2006年 8月 第16次アメリカス市訪問団33名(生徒25名、指導者8名)訪問
2007年 8月 第17次アメリカス市訪問団41名(生徒35名、指導者6名)訪問
2008年 4月 アメリカス市訪問団7名来町
2008年 8月 第18次アメリカス市訪問団 訪問予定